ヒューマンドラマ

【空飛ぶタイヤ】卓越した脚本術

作品情報

タイトル空飛ぶタイヤ
監督本木克英 (『超高速!参勤交代』など)
脚本林民夫 (『永遠の0』など)
原作池井戸潤 『空飛ぶタイヤ』(講談社)
出演長瀬智也 ディーン・フジオカ 高橋一生 ほか
劇場公開日2018年6月15日
配給松竹
観賞劇場・媒体Amazon Prime Video ※Prime会員特典

池井戸原作、『参勤交代』の本木監督、キャストは超豪華、とネガティブな事前要素が全く見当たらず、どうせ面白いんだろうな、と思いつつ観ました。

脚本の構成がしっかりしている上に、人物描写が活き活きとしており、2時間夢中になれる映画でした。

以下レビューしていきます。

あらすじ

走行中のトラックが脱輪し、歩道を通行していた主婦にタイヤが直撃し死亡する、という痛ましい事故が起きる。
事故の原因は車両の整備不良と断定され、運送会社の「赤松運送」は世間から厳しく非難される。
赤松運送の社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、トラックの構造自体に欠陥を見つけ、メーカーの「ホープ自動車」に真相解明を求める。
しかし、財閥系の大企業であるホープ自動車は赤松の主張に全く取り合わない。
自ら調査を行う赤松は、ホープ自動車がリコール隠しをしているという衝撃的な事実を知る。
会社を存続させ、従業員の生活を守るため、赤松は大企業に立ち向かう。

レビュー 〜脚本がすばらしい〜

ここがすごい!ってところは山ほどある作品ですが、特に脚本が素晴らしいと思いました。

脚本家は林民夫さん。
大ヒット作品『永遠の0』(山崎貴監督)や、
公開待機中の『太陽は動かない』(羽住英一郎監督)、『糸』(瀬々敬久監督)の脚本も手掛けられています。

冒頭15分間の濃密さ

『インベスターZ』という、投資がテーマの漫画にこんな話がありました。

つまらない映画を最後まで観るのは時間の無駄
→途中で席を立つのが正解
→投資で言うところの「損切り」の能力がある

2,000円近く払った映画を「損切り」できる人はさすがに少数派でしょうが、
Prime Videoのような定額ネット配信やテレビドラマならば、
序盤が面白くなかったら、視聴者はすぐに観るのを辞めてしまいます。

シド・フィールドという脚本の神様みたいな人によれば、
物語の冒頭では、

・主人公は誰か?
・何についてのストーリーか?
・ストーリーが始まるとき、主人公はどういう状況に置かれているか?

ということが示されなければなりません。

この作品は、冒頭の約15分で必要な情報を過不足なく提示しながら、
観客を物語にぐいぐいと引き込んでいきます。

主人公・赤松徳郎(長瀬智也)の人物像について

赤松と専務の宮代(笹野高史)が、整備工・門田(阿部顕嵐)をリストラするかどうか、と相談しているところから物語が始まります。
リストラを勧める宮代に対して、赤松は従業員を守るのが社長の役目だと譲りません。

そして事故が起き、事故車両の整備担当だった門田の責任が問われます。
赤松は、門田に裏切られたと激昂し解雇を通告します。

しかしその後、門田が詳細な点検記録をつけていたことが判明し、
整備に抜かりがなかったことが示されます。
自分の過ちを悟った赤松は、すぐに門田の家へ行き、謝罪。
会社に戻ってきてくれと頭を下げるのです。

事故を起こした車両のドライバー・安友(毎熊克哉)のケアも怠りません。

まとめると、

・人情に厚く、誠実で優秀な経営者
・完璧な人間ではなく、従業員を疑ってしまう
・自分の過ちを素直に認め、真摯に謝罪ができる

というような、バリバリに感情移入できる人物像が描かれてますよね。

特に赤松の人間的な弱さは、後々「葛藤」の材料としても使われ、物語を更に重厚なものにしています。

また、赤松の自宅のシーンでは、
彼の家族にも事故の影響が及んでいることが示唆されます。

赤松運送とホープ自動車について

若手のリストラが検討されているほど、赤松運送の経営は厳しいようです。
しかし、それは適当な仕事をしてきたからでは決してありません。
赤松たち従業員の仕事ぶりを見ていると、この会社が今まで誠実に事業を営んできたことが分かります。

そんな会社が死亡事故を起こしてしまいます。

赤松運送は、もともと整備工から始まった会社であり、創業の精神が詰まった部門であることも赤松自身の口から語られます。
このことは、事故原因が整備不良であるはずがない、ということを大前提として示しているとも言えます。

事故を起こした赤松運送は、取引先から仕事を切られ、銀行からも融資に難色を示されます。
経営はますます窮地に陥ります。

赤松は販売会社の益田(木下隆行)を通して、ホープ自動車本社に連絡を取ります。
しかし、ホープ自動車の担当者である沢田(ディーン・フジオカ)は取り合おうとしません。
沢田と益田の会話からは、同じグループ会社と言えど、本社と販社の間には厳然たるヒエラルキーが存在することがわかります。
また、エンドユーザーである赤松運送からの問合せにも、まともに対応しようとしない横柄な企業体質も示されています。

更に、赤松運送のメインバンクは「ホープ」銀行であり、ホープ自動車はただの大企業ではなく「ホープ財閥」の一員であるという印象付けも行われています。

ここもまとめると、

赤松運送=弱者・善
ホープ自動車=強者・悪

という全編を通しての対立関係がすでに設定されています。

被害者について

被害者である柚木妙子(谷村美月)の通夜に訪れた赤松たちは、遺族に激しく罵倒され、追い返されます。
葬儀会場の中には、幼い子を抱きながら、妻が横たわる棺の中を見つめる柚木雅史(浅利陽介)の姿が見えます。

何の落ち度もない主婦の命が突然奪われ、取り残された家族がいることが語られています。

そんなの当たり前じゃん、と思われるかもしれません。
でも、物語が進むにつれ、中小企業の経営者vs巨大な企業という構図ばかりに囚われ、被害者のことは忘れがちになっていくんですよね。
(観客ばかりでなく、赤松たち登場人物たちさえも)

この作品は、その忘れがちなことも全編を通してきちんと語っています。

 

以上、冒頭の約15分(正確には17分強)で語られている内容です。
(もちろん、これが全てではなく他にもいろんなことが語られています)

すごい情報量だと思いませんか?

物語の冒頭に必須とされる条件が十分に語られていて、不自然にも情報過多にもなっていない。
卓越した記述力だと思います。本当にすごいです。

人物がみんな活き活きとしている

話を進行させるためだけに登場する人物を、「記号」なんて呼んだりします。

「店員A」「サラリーマン風の男」など、たった一言のセリフの代わりに、名前もこれまでの人生も剥奪されたようないわゆるチョイ役は、まさに記号的ですよね。

映画やドラマを観ていると、チョイ役ではなく大きい役を有名な役者さんが演じているのに、記号的になっているケースが結構多いと思いませんか?

しかし、この作品には記号的な登場人物が本当に少ないのです。

登場人物がみんな活き活きとしていて、血が通っています。

何故でしょうか?

人物設定とサブストーリーがしっかりしている

人物設定というのは、その人の履歴です。
どういう性格で、今までどんな人生を送ってきたか、一つの事件に対してどういう行動を起こすか、ということです。

サブストーリーというのは、簡単に言うと主人公以外の登場人物の物語です。
この作品のメインストーリーは、「赤松がホープ自動車という巨大な敵と戦う」という物語ですが、

・ホープ自動車の社員という立場から、事故と向き合う沢田
・ホープ自動車や上司を妄信せず、自己の職業倫理に忠実であろうとするホープ銀行の井崎(高橋一生)

といったサブストーリーも数多く存在しています。

これだけ大勢のキャストが出てくるのに、記号的な人物がほとんどいない。
相沢(佐々木蔵之介)という人物は、後半に少ししか登場しないのですが、
この人がどういう人生を送ってきて、今どんな気持ちなのかヒシヒシと伝わってきます。

もちろん俳優さんの演技や監督の演出が素晴らしいのは言うまでもないのですが、
脚本の力によるところもかなり大きいと思います。

葛藤、そして葛藤

シド・フィールドは「ドラマは全て葛藤である」と断言しています。
私は葛藤が全てではないと考えているのですが、物語の中で最重要事項の一つであるのは間違いありません。

ここで言う葛藤というのは、感情と感情の対立、感情と事実の対立、人と人との対立、いろんなシチュエーションをひっくるめた全ての対立を指します。

赤松や沢田、他の登場人物もみんな葛藤を抱えながら前に進んでいきます。

赤松は「会社と従業員を守るためにホープ自動車と戦う」という葛藤を抱えています。
しかし、物語の途中で、その葛藤が「従業員を守るためには。ホープ自動車に屈しなければならない」というものに変わったりします。
沢田も、組織の論理と職業倫理の葛藤などいろんな葛藤を抱えています。

現実と同様、この作品の登場人物はみんな一直線の人間ではありません。
各自の葛藤を描くことで、物語が魅力的にパワフルに前進していきます。

ナレーションや心の声、直接的なセリフの排除

最近、とあるサスペンスドラマで、主人公が「事件の真相を聞き出してやる!」と独り言を言って容疑者のところへ行く場面がありました。

「事件の真相を聞き出してやる!」なんて独り言、普通言いますかね?
演劇だったら、セリフにしないと観客に伝わらないかもしれませんが。

また、セリフではなく心の声を被せてみても大差ないですよね。
そんなの映像だったら、見りゃわかるし。

ナレーションも同じで、歴史ドラマなんかでは事実関係を説明したりするのに非常に便利な方法ですが、使い所を誤ると視聴者が醒めてしまう危険性があります。

例えばサスペンスドラマで「私は犯人を追いかけて北海道へ向かった」なんていう主人公自身のナレーション。
ずいぶん落ち着いた主人公だな、と私は思ってしまいます。
もしくは無事解決したから、俯瞰的に事件を語っているのかな、とか。

この作品では、そういうナレーションや心の声は一切ありません。
また直接的なセリフもほとんどありません。
登場人物たちの心理描写は、芝居と映像で語られています。

安易に直接的な手法を取っていない分、物語に重厚感が出ていると私には感じられました。

終わりに

拙い話を長々と語ってきましたが、少しでもこの作品の面白さが伝わればと願っています。

2020年4月現在、この作品はAmazon Prime VideoのPrime会員特典作品です。
会員の方は無料で観られますので、ぜひご覧いただければと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ABOUT ME
ろーれる
ろーれる
うどん県出身。京都在住。 映画会社に勤めています。一児の父。 映画やドラマ、旅行やお気に入りの物などについていろいろ書いていきたいと思っています。
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