『四神の旗』(馳星周)の書評 〜私心がない政治家ほど嫌われるのだろうか〜

馳星周『四神の旗』(中央公論新社)

概要

書名四神の旗
著者馳星周
出版社中央公論新社
初版発行日2020年4月25日
ISBN978-4-12-005296-5
定価1,700円(税別)



澤田瞳子さん『火定』と同時代の小説、馳星周さん『四神の旗』の書評です。

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藤原不比等の息子・藤原四兄弟が、権謀術数を駆使し、政敵である長屋王と政権を争う物語です。

書評

藤原四兄弟?

藤原四兄弟って誰?ボクシング?長屋王?

っていう人も多いと思いかもしれません。
高校で日本史を選択しないと、一生出会うことの無い名前かも。

私も結構記憶が飛んでいるので、高校で使っていた日本史の教科書を引っ張り出してきました。

この物語で扱っている時代の記述を引用してみます。

藤原鎌足の子不比等は、律令制度の確立に力をつくすとともに、皇室に接近して藤原氏の発展の基礎をかためた。不比等の死後もその4子はひき続いて勢力をふるい、729(天平元)年には皇族の左大臣長屋王を策謀によって自殺させ(長屋王の変)、不比等の娘の光明子を聖武天皇の皇后にたてることに成功した。しかし、このころ流行した疫病のため、4子はあいついで世を去った。(1999年発行 詳説日本史 山川出版社)

以上、教科書がわずか数行で記述している内容を400ページで描いている小説です。
(そんなこと言ったら、『火定』なんて「このころ流行した疫病」の話でしか無いのですが。塩野七生さんも『ローマ人の物語』で同じようなことを書いていました)

この物語の主人公・藤原四兄弟は「4子」としか書かれておらず、別表の家系図に名前は載っていますが、本文には記述されていません。

藤原不比等(ふじわらのふひと)は、「無事故(645年)の世作り大化改新」で有名な藤原(中臣)鎌足(かまたり)の息子です。

不比等は、娘を天皇に嫁がせ、産まれた子供が聖武天皇として即位します。さらに、別の妻との間に出来た娘・光明子を聖武天皇に嫁がせたり。

藤原家の基盤を作り上げた偉大な政治家で、その死後は四人の子供が跡を継ぎます。

しかし、父親に比べると四兄弟は自他ともに認める貫禄・実力不足。

政敵である皇族・長屋王との政権争いに打ち克つことができるか、というのが物語の流れです。

藤原四兄弟の名は、上から順に武智麻呂(むちまろ)、房前(ふささき)、宇合(うまかい)、麻呂(まろ)。

それぞれが父・不比等の血を受け継いでいるのですが、兄弟によって性格が全く違います。

長男の武智麻呂は野心の塊のような政治家。藤原家の栄達のためには手段を選ばない。

次男の房前は融通が利かないタイプ。不比等により、武智麻呂よりも早く政界に引き上げられたが、藤原家の栄達よりも天皇の臣下としての役目を重視する、私心のない人間。

三男・宇合は遣唐使として唐に渡った経歴があり唐を目標とした国造りを熱望する野心家。武官としてのキャリアも積み、長屋王の変の実働隊を指揮する。

四男・麻呂は、兄たちに政界の席を取られ、自分にはチャンスが巡ってこないと嘆いている。末っ子で一番穏やかな性格と見られているが、実は大きな野心を抱いている。

この兄弟の性格の違いが物語を動かしていきます。

長屋王の変 次男・房前の関与について

教科書の通り、四兄弟は政争に勝利し、長屋王を自害に追い込みます。

しかし、少なくとも私は高校で習っていないと断言できるのですが、「四兄弟の中で次男の房前だけは変に関わっていない」という説があるそうです。

  1. 史書に房前の記録が一切残っていないこと
  2. 他の兄弟が変後に昇進しているのに房前の地位は据え置かれたこと
  3. 四兄弟は『火定』で描かれた天然痘で皆命を落とすが、房前以外の3兄弟は同時期に相次いで亡くなっているのに比べ、房前は3人よりも数ヶ月早く逝去していること(≒房前だけ兄弟間の交流がなかったから?)

などがその根拠とされるようです。

つまり、武智麻呂たち他の兄弟ハブられたのでは?ってことですね。

そしてこの小説は、この次男・房前だけが関与していないという説をもとに描かれています。

なぜ房前だけハブられたのか?

先ほどもご紹介した通り、房前は兄弟の中で一番私心のない人物です。

自分の家の繁栄より、天皇に対する忠誠心を優先させます。

それが、他の兄弟には許せないんですよね。

房前の理想は理解はできるけれど、人間ってそういうもんではないだろうと。

綺麗事ばかりで融通の利かないあんたは、他の人間の気持ちが全然わかっていないだろうと。

政治家の私心の無さをほめそやすことがありますが、政治ってそんなに綺麗事じゃないんだよ、っていうことでしょうか。

作者らしい、強烈な皮肉を感じます。

まとめ 歴史小説の面白さ

歴史小説の面白さとして、通説に対する異説の展開や、歴史上のifが挙げられると思います。

歴史上の人物が実際はどんな性格だったか、江戸以前の人物は全く解っていないというのが正解だと思っています。

(織田信長でさえ、実はイメージとは全く違った保守的な人間だったのではないかという説もあるくらいです)

当時の人間が、こういうことを考えてその事件を起こしたのかな、と想像する楽しみが歴史小説にはあると思います。

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ろーれる
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うどん県出身。京都在住。 映画会社に勤めています。一児の父。 映画やドラマ、旅行やお気に入りの物などについていろいろ書いていきたいと思っています。
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