こんにちは。ろーれる(@Laurel_DKO0930)です。
第163回直木賞の候補作『じんかん』を読みました。
『じんかん』は「大悪人」や「裏切り者」といったダークヒーローのイメージがある、松永久秀を等身大の人間として描いている時代小説です。
- 歴史好きな人
- 今までとは違った松永久秀の解釈を楽しみたい人
にオススメの本です。
どんな本? 〜概要〜
『じんかん』は2020年5月に講談社から出版された小説です。
509ページ、読み終わるまで6〜7時間かかりました。
第163回直木賞(選考会2020年7月15日)の候補作に選ばれています。
- 伊吹有喜 『雲を紡ぐ』
- 今村翔吾 『じんかん』
- 澤田瞳子 『能楽ものがたり 稚児桜』
- 遠田潤子 『銀花の蔵』
- 馳星周 『少年と犬』
著者:今村翔吾さんプロフィール
1984年生まれ。京都府出身。
『童の神』で第160回直木賞候補、角川春樹小説賞。
『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞。
第163回直木賞候補者の中では最年少の作家です。
簡単なあらすじ
ある夜、鹿能又九郎は主君である織田信長に最悪な知らせを報告する。
「松永弾正久秀、謀叛」
信長の癇癪を恐れる又九郎だったが、信長はまるで慈しむかのように松永久秀の人生について語り始める。
主君と将軍殺し・大仏殿の焼き討ちなど、天下の大悪人と評される松永久秀。
しかし信長の口から夜通し語られたのは、世間の評判からはかけ離れた久秀の実像だった。
久秀は貧しい商家の出身で、戦乱の中で両親や友人を不幸な形で失っていた。
成長した久秀は、堺で阿波の大名・三好元長に出会う。
元長の口から語られたのは「武士のいない世の中を作り、この世から戦をなくす」という途方もない夢だった。
元長の理想を共有した久秀は、自らの人生を賭けて夢に突き進んで行く。
『じんかん』書評
松永久秀の一般的なイメージ
『じんかん』の主人公は松永久秀という戦国時代の武将です。
戦国の梟雄(きょうゆう。残忍な人物)の代名詞的な人物。
大河ドラマ『麒麟がくる』では、吉田鋼太郎さんが演じています。
織田信長の父・信秀とほぼ同世代で、信長より25歳ほど年上です。
ゲーム『信長の野望』では、「知能」や「政治」 「野望」といったパラメーターがかなり高いキャラクターです。
松永久秀の一般的なイメージは「大悪人」や「ダークヒーロー」だと思います。
小説やドラマでは、目的のためには手段を選ばないという人物として描かれることが多いですね。
久秀が犯したとされる三大悪事があります。
- 主君である三好長慶(とその兄弟)を暗殺
- 室町幕府13代将軍の足利義輝を暗殺
- 東大寺大仏殿を焼き討ち
何でもありの戦国時代でも、この3つの悪事はかなりインパクトがある行為でした。
確かにこんなことをすれば、悪役のイメージが刷り込まれてもおかしくはないと思います。
忠義に神や仏?それって美味しいの?みたいな。
しかし単なる悪人ではなく、茶道や書道にも長けた風流人でもあります。
信長に二度も謀叛を起こし、壮烈な最期を遂げたこともダークヒーロー的な人気がある理由だと思います。
『じんかん』の松永久秀
従来のイメージとは異なり、『じんかん』の松永久秀は、人情味に厚く誠実な人物として描かれています。
貧しい身分出身の久秀は、戦乱の中で両親を失い、弟ともに孤児となります。
久秀と弟は、自分たちと似たような孤児グループに入りますが、その仲間たちも無残な最期をとげます。
そんな久秀ですが、三好元長という大名に出会い人生が大きく変わります。
子どもたちのために戦がない世の中を作りたい、そのためには武士など必要ない、と語る元長に久秀は感銘を受けます。
その理想を実現するために久秀は武士となり、元長の家臣となります。
三好家に仕えた久秀は、元長に忠誠を誓い、ひたむきに役目に取り組みます。
元長が志半ばで倒れ、子や孫がその跡を継いでも変わらずに三好家に忠誠を誓います。
久秀の三大悪事については、本当に久秀が実行したのかどうかは歴史学的にも異論があるそうです。
本当に久秀がやってないとしたら、濡れ衣を被っていることになります。
『じんかん』の久秀は、やってないことでも政治的に利用できると思えば、進んでその汚名を被ったりもします。
自分と元長の理想「戦のない世の中」を実現するためです。
世間からどれだけ誹謗中傷されようとも、自分が正しいと思ったことを成し遂げようとする強い意志の持ち主として描かれています。
歴史上の人物って解釈次第でイメージが全く変わってくるのが面白いですね。
共感ポイント 〜現代的な価値観に共感できるかどうか〜
『じんかん』が面白いと感じられるかどうかは、元長と久秀が理想とする「武士のいない平和な世の中」という価値観に共感できるかどうかだと思います。
二人は更に突き詰めて「民が政治を行う」という、ほとんど民主主義のようなことを目指します。
戦国時代にも堺では自治が行われていたようですが、この理想はかなり突拍子もない印象を受けるかもしれません。
もちろん歴史書ではなく小説なので、現代的な価値観を盛り込んだ創作は全然OKだと思います。
それに共感できるかどうかは、読み手の価値判断ですね。
この理想に共感できないと、物語で語られる久秀の姿は作者の単なる代弁者にしか見えなくなってしまうでしょう。
久秀の行動や事件の真相も、全て言い訳臭く映ってしまうことになりかねません。
現代的な価値観を盛り込んだ創作と史実のバランス、この匙加減を間違えると物語全体が台無しになってしまう危険性があると思います。
まとめ
500ページを超える大作小説。
信長を語り部に設定し、今までに無かった松永久秀を描いた意欲作です。
共感できるかどうかは、個人の価値観に大きく左右されると思います。
- 全く新しい松永久秀のイメージ
- 戦国時代の物語に、現代の価値観を読み取ろうとする試み
『じんかん』とは全く正反対の、ダークヒーロー的な松永久秀を突き詰めた小説に『弾正星』(花村萬月)があります。
こちらの久秀は、悪逆非道の限りを尽くす人物です。
かなりえげつないことをやっているのですが、爽快感がものすごく感じられる作品です。
ダークヒーローものが好きな方は是非読んでみてください。