書評『日本の戦争映画』(春日太一)イデオロギーにとらわれない戦争映画論

日本の戦争映画

こんにちは。

好きな戦争映画は『男たちの大和 YAMATO』と『硫黄島からの手紙』のろーれる(@Laurel_DKO0930)です。

今回は春日太一さんの新著『日本の戦争映画』をご紹介します。


 

右とか左とか、どうしても思想信条(イデオロギー)に偏ってしまいがちな日本の戦争映画を、可能なかぎりニュートラルな視点から検証した新書です。

  • 戦後すぐから1995年までの約50年間の戦争映画とその変遷を検証
  • イデオロギーは可能な限り排除して作品を検証
  • 『この世界の片隅に』の片渕須直監督のインタビューが◎

売れ行き好調のようで、著者・春日太一さんも自身のTwitterとブログで重版をご報告されています。

どんな本?『日本の戦争映画』の概要

『日本の戦争映画』は2020年7月に文春新書より出版されました。

ページ数は278ページで、読了まで約4時間でした。

『日本の戦争映画』目次

はじめに

第一部 戦後の戦争映画

第一章 敗戦国の戦争映画

1 悪しき軍部 戦中の戦争映画状況/GHQによる民主化の先兵として/『暁の脱走』/真空地帯』

2 地獄の戦場 『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』/『ひめゆりの塔』

3 特攻隊映画の登場 『雲ながるる果てに』/『人間魚雷回転』

4 戦記と反戦 『太平洋の鷲』/『さらばラバウル』/『戦艦大和』

5 戦地における人間の尊厳 『ビルマの竪琴』『野火』/『私は貝になりたい』/『人間の條件』/『赤い天使』

第二章 戦争映画の娯楽化

1 もはや戦後ではない 『人間魚雷出撃す』『敵中横断三百里』

2 大蔵貢と新東宝 『軍神山本元帥と連合艦隊』/『明治天皇と日露大戦争』

3 風刺喜劇の登場 『二等兵物語』/『グラマ島の誘惑』『南の島に雪が降る』

4 アウトローたちの反抗 『独立愚連隊』/『零戦黒雲一家』『ゼロ・ファイター大空戦』『殴り込み艦隊』『いれずみ突撃隊』

5 増村保造の「青春映画」 『兵隊やくざ』/『陸軍中野学校』

6 東宝の特撮アクション 『潜水艦イー57降伏せず』/『太平洋の嵐』/『太平洋の翼』/『太平洋奇跡の作戦 キスカ』

7 特攻隊映画の量産 大映の特攻隊映画シリーズ/脚本家・須崎勝彌と『あゝ零戦』/『あゝ同期の桜』/『人間魚雷 あゝ回転特別攻撃隊』/『最後の特攻隊』

8 終わりなき戦争 『拝啓天皇陛下様』『続・拝啓天皇陛下様』/『あゝ声なき友』/生きていることへの罪悪感/『軍旗はためく下に』

第三章 対策と情話

1 ジャーナリスティックに戦争を捉える 『日本のいちばん長い日』/『連合艦隊司令長官 山本五十六』『日本海大海戦』『激動の昭和史 軍閥』/『激動の昭和史 沖縄決戦』/『戦争と人間』/『あゝ決戦航空隊』

2 情話としての戦争 『八甲田山』/『動乱』/『二百三高地』/『大日本帝国』/『連合艦隊』

第四章 戦後世代の戦争映画 『戦場のメリークリスマス』/『戦争と青春』/五十年目の『ひめゆりの塔』/戦後五十年の戦争映画

 

第二部 岡本喜八の戦争映画

『独立愚連隊』/『独立愚連隊西へ』『どぶ鼠作戦』/喜劇性の背景/『血と砂』/『日本のいちばん長い日』/『肉弾』/岡本喜八の八月十五日/『激動の昭和史 沖縄決戦』/『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』/置き去りになった前線の兵

 

第三部 戦争映画の現在地

大作と日常と

 

片渕須直監督と語る「戦争と死の描き方」

 

おわりに

参考文献

著者:春日太一さんプロフィール

春日太一(かすが・たいち)

1977年生まれ。映画史・時代劇研究家。日本大学大学院博士後期課程終了。

著書『時代劇入門』、『天才 勝新太郎』、『時代劇は死なず! 完全版 京都太秦の「職人」たち』、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』など

『日本の戦争映画』内容紹介とレビュー

『日本の戦争映画』では、終戦直後から終戦50年までの1995年までの戦争映画を検証しています。

1996年以降の作品は現代(現在)という認識です。

現在の作品は俯瞰的に検証することができないため、『男たちの大和 YAMATO』(2005)や『永遠の0』(2013)などの作品は「日本の戦争映画の現在位置」という形で触れられているだけです。

戦争映画の変遷

『日本の戦争映画』では、終戦直後から1995年までをざっくりと4つの時代に分けて、戦争映画を検証しています。

  1. 敗戦国の戦争映画 1946年〜1950年代半ば
  2. 戦争の傷跡から立ち直った日本の戦争映画 1950年代後半〜1960年代後半くらい
  3. ジャーナリスティックな戦争映画とドラマティックな大作映画 1960年代後半〜1980年代
  4. 戦後世代の戦争映画 1980年代〜1995年

①の終戦直後は観客も映画製作者も、戦争の悲惨な経験を生々しく記憶している時代です。

実際に従軍した監督や脚本家も数多くいます。

この時期に製作された映画は、「戦争がいかに悲惨なものであるか」という戦争や軍隊への批判がメインテーマになっているものが多いのが特徴です。

②や③の時代は、日本が復興を遂げ経済大国へと成長する時期です。

戦争の記憶との距離は少しずつ遠くなり、生活には余裕が生まれ始めます。

戦争映画にも娯楽性や喜劇性が盛り込まれたり、感動要素が盛り込まれていきます。

そして④の時代では、本当の意味で戦争を知っている製作者はほとんど居なくなり、製作者は戦後世代になります。

戦後世代の製作者が戦争映画に「生き抜く」というメッセージを込めるとすれば、戦争世代の製作者はそれがどれほど虚しい願いなのかを身に染みて知っているのです。

ひめゆりの塔

例えば1953年の『ひめゆりの塔』(今井正監督)と1995年の『ひめゆりの塔』(神山征二郎監督)を見比べると、同じ題材を扱っているにも関わらず、作品に込められたメッセージの違いに愕然とします。

1995年版『ひめゆりの塔』は絶望的な状況でも「生きる」ことを徹底的に肯定し、生に執着しています。

それに比べると、1953年『ひめゆりの塔』は死が日常に存在し、当たり前のように人が死んで行きます。

本当は助かったかもしれない命も、やはり助かるはずがなかったことを衝撃的なラストシーンで思い知らされます。

以前仕事で両作品を見比べたときに感じた違和感が、『日本の戦争映画』を読んでようやく理解できました

イデオロギーにとらわれない戦争映画の検証

『日本の戦争映画』では、イデオロギーを極力排除して作品を検証するというスタンスをはじめに言明しています。

でもそんなことが本当に可能なのか?という疑問はもちろんあります。

戦争映画は製作者が自身のイデオロギーを込めて製作するのが当たり前です。

  • 戦争には敗者も勝者もいない。ただ残酷な事実があるだけだ。
  • 太平洋戦争で日本は世界に対して大きな罪を背負った。その罪は未来永劫許されることはなく、永遠に語り継がねばならない。
  • 大東亜戦争を全否定することは間違いだ。黄色人種の日本が白人に敢然と立ち向かったことの意義は大きかった。
原爆ドーム

確かにイデオロギーから完全に自由な戦争映画など存在しないのかもしれません。

しかし映画を観賞する人間は、自分のイデオロギーはいったん置いとかないと作品の面白さや素晴らしさに気づくことはできないよ、と春日さんは主張しています。

それがハッキリと示されているのが、巻末の片渕須直監督のインタビューです。

片渕監督は『この世界の片隅に』は右派の人に叩かれるかも、という思いがあったようですが、実際には左派の人からの批判も多かったそうです。

イデオロギーはひとまず置いておいて、戦前・戦中・戦後のリアリティを提示して、そのニュートラルな立場から戦争についてもう一度みんなで考えませんか?という片渕監督の問題提起は、左右両派から見過ごされます。

そればかりか『この世界の片隅に』で描かれている生活感については、見向きもしない人も多いのです。

イデオロギーというフィルターを掛けてしまうと視界が曇ります。

視界が曇ると見えているものが見えなくなったり、見えるはずのないものが見えてしまいます。

「ニュートラルな立場で作品を評価しないと損するよ。もったいないよ」

そんな単純なメッセージなのですが、理解して実践するのはなかなか難しい。

古代ローマのカエサルも言ったように、人間は自分が見たいものしか見ようとしない存在なので。

まとめ

春日太一さんは、Twitterで「是々非々」ということを良くおっしゃいます。

イデオロギーは置いといて作品を評価するというスタンスは、この是々非々という考え方に通じると思います。

作品をニュートラルな視点で評価するのはなかなか難しいと思いますが、先入観に囚われて作品の魅力や込められたメッセージを見落とすのはもったいないですよね。

今年ももうすぐ終戦記念日が訪れます。

『日本の戦争映画』を読んで、戦争について深く考えさせられる作品に是非出会ってみてください。


ABOUT ME
ろーれる
ろーれる
うどん県出身。京都在住。 映画会社に勤めています。一児の父。 映画やドラマ、旅行やお気に入りの物などについていろいろ書いていきたいと思っています。
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