書評【ボニン浄土】(宇佐美まこと)南の島を舞台に描かれる喪失と再生の物語

ボニン浄土

次のキーワードを見て、あなたはどこの島を連想しますか?

  • 日本
  • 青い海
  • サンゴ礁
  • 歴史に翻弄された島

多くの人は沖縄を思い浮かべるのではないでしょうか。

あるいは奄美大島を連想する人もいるかもしれません。

実は沖縄や奄美大島といった南西諸島の島々以外にも、このキーワードに当てはまる島があります。

それは小笠原諸島です。

 

こんにちは。ろーれる(@Laurel_DKO0930)です。

今回は小笠原諸島を舞台にした小説『ボニン浄土』をご紹介します。


南の島に浮かぶ小さな島・小笠原諸島の父島を舞台に、人間の喪失と再生が描かれるドラマ小説です。

沖縄は大好きで今年の夏も家族旅行を計画中ですが、小笠原にはまだ行ったことがありません。

『ボニン浄土』を読むまで、小笠原諸島の地理や歴史、環境などをほとんど知りませんでした。

島で描かれる人間ドラマに本気で感動しました。

小笠原に行きたくなる小説です

どんな本? 『ボニン浄土』概要

『ボニン浄土』は2020年6月に小学館から出版されました。

349ページの物語で、読み終えるまでは5~6時間ほどでした。

作者:宇佐美まことさんプロフィール

1957年愛媛県生まれ。

2006年『るんびにの子供』で作家デビュー。

2017年『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞長編部門受賞

主な作品『展望塔のラプンツェル』『骨を弔う』など。

「ボニン浄土」あらすじ

江戸時代の物語1つと、現代の物語2つの3つのストーリーで語られる小説です。

3つの物語が、最終的に1つに繋がるという構成になっています。

1.江戸時代(1840年) 主人公:吉之助

船乗りとしての下積みを終えた吉之助は、五百石船「観音丸」の船員として雇われ、江戸へと航海に出る。

しかし観音丸は江戸へ向かう道中で嵐に遭い、難破してしまう。

2ヶ月もの間、海を漂流し死も覚悟した吉之助たちだったが、命からがら小さな島に流れ着く。

島には西洋人たちとハワイアンが住みついており、彼らはこの島のことを「ボニン・アイランド」と読んでいた。

住民の中で唯一人の日本人である多十郎から、この島は八丈島からさらに南東に位置する「辰巳無人島」だと教えられる。

西洋の捕鯨船が補給港として立ち寄ることもあるが、あまりにも遠いために幕府からは捨て置かれた島だった。

「ボニン」とは「無人(ムニン)」がなまって変化した呼び方らしい。

住民たちの言葉を習得し、積極的に打ち解けていく吉之助。

やがて吉之助は若い子連れの女・マリアと恋に落ちる。

マリアはイタリアから海賊たちに拉致され、海賊船の中で父親が誰かわからない男の子・エンゾを産み落としていた。

海賊船が補給のためにボニン・アイランドに立ち寄った際に、マリアは隙を見てエンゾと共に逃げ出し住民たちに保護されていたのだった。

愛を深めていく吉之助とマリアだったが、日本へ戻るための船が完成し、別れのときが近づいてくる。

2.現代A 主人公:田中恒一郎

恒一郎は50歳を過ぎた嘱託のサラリーマン。

家庭に失敗し、妻子を捨てて家を出た。

恒一郎は両親を知らない。

母親は自分を産んですぐに死亡し、自分の戸籍には父親の記載はなかった。

祖父母によって育てられたが、その祖父母も両親のことは何も教えてくれないまま亡くなってしまった。

八丈島出身の祖父が終の棲家に選んだのは、縁もゆかりも無い静岡県の三島市だった。

実家は既に無くなっていたが、恒一郎は三島に移り住む。

ある日恒一郎は、フリーマーケットで祖父が生前に大事にしていた木工細工と出会う。

祖父の形見と予想もしない形で出会った恒一郎は、その木工細工を調べてみることにした。

その細工は「オガサワラグワ」という小笠原諸島特産の希少な木材で作られていることがわかる。

戸籍では恒一郎の祖母は小笠原出身で、母の死没地も小笠原になっていた。

自分のルーツは小笠原にあるのではないか。

そう直感した恒一郎は、自分でも不思議に思うほどの行動力で小笠原へと向かう。

3.現代B 主人公:中塚賢人

祖父と母がプロの音楽家という音楽一家に育った賢人。

賢人もまたチェロを弾くようになり、プロの演奏家になるものだと思っていた。

中塚家は経済的に恵まれた名家だったが、賢人の目には偽善的でうそ臭い家庭に見えた。

フリーカメラマンである父は、入り婿という条件で母と結婚したが、中塚家のそんな空気に耐え切れなかったのだろう。

賢人と母を置いて家を出て行ってしまった。

両親はまだ離婚していないが、それは世間体を気にしてのことだと賢人は思っている。

祖父母も母も父のことを良く思っていないのはわかる。

賢人は何もかもにうんざりしていた。

中学生になった賢人は、深谷碧というクラスメイトに不思議な感情を抱くようになる。

二人が通う名門市立中学で、碧は外見も素行も完全に浮きあがるほどの不良少女だった。

碧もまた、経済的には恵まれながらも崩壊した家庭に生まれ育っていた。

彼女の素行は自己破滅願望によるものだと、賢人にはわかった。

ふとしたことがきっかけで、賢人は碧を誘ってきた男の車に同乗することになる。

そしてその車が大事故を起こし、碧は賢人の目の前で死んでしまう。

運転していた男も同乗していた碧の友達も死亡したが、賢人は奇跡的に軽傷しか負わなかった。

この事故がきっかけで、賢人はチェロの音だけが聞こえなくなってしまう。

「碧が音を持って行ってしまった」

チェロが弾けなくなった賢人は、学校へ行くのも止めてしまった。

そんな賢人を父が撮影旅行に誘う。

行き先は小笠原諸島。

その島で賢人は美しい自然と、純粋無垢な島の女・時子に出会う。

『ボニン浄土』の舞台:小笠原諸島について

『ボニン浄土』の舞台となるのは小笠原諸島です。

小笠原諸島ってどこ?どんなところ?

東京都にある離島というのは知っていたのですが、この本を読んでいろいろ調べるまで正確な知識はありませんでした。

八丈島の近く?というくらいの認識でした…。

小笠原諸島の地理・アクセス

東京都小笠原村の位置はここです。

東京から遥か南に1000km

地図で見る限り沖縄本島の北端と同じくらいの緯度ですね。

観光客にとって小笠原へのアクセスはただ一つ。

東京の竹芝桟橋から出港する「おがさわら丸」に乗船するしかありません。

おがさわら丸

その所要時間は何と24時間以上

アフリカや南米よりも遠い東京都です。

この小説を読んで、奥さんに「小笠原に行きたい」と言ったら「船酔いするからダメ」という理由で却下されました…

丸一日以上かけて航海をした「おがさわら丸」が東京に戻るのは3日後

つまり小笠原へ行く場合のスケジュールは、最短でも船内2泊・島内3泊の5泊6日の予定を組まなければいけません。

  1. 午前中の便で東京・竹芝桟橋を出港 船内泊①
  2. 翌日の午前中に小笠原諸島の父島に到着 島内宿泊①
  3. 島内宿泊②
  4. 島内宿泊③
  5. 午後の便で父島を出港 船内泊②
  6. 翌日の午後に東京・竹芝桟橋に到着

運賃は時期によって上下しますが、一番安い二等和室(ほぼ雑魚寝)でも片道2万円以上です。

予算も日程も海外旅行並ですね

物理的にも経済的にも遠い小笠原は、青々としたサンゴ礁の海に囲まれた島々です。

2011年には世界自然遺産にも登録されています。

小笠原諸島 ジニービーチ

沖縄と同じく小笠原には本土の人間をひきつける魅力があるようで、移住する人も多いのだとか。

ビックリしたのは小笠原ではウミガメを食べるそうです。

刺身は馬刺しに良く似た味で美味だとか…。

アオウミガメ

小笠原諸島の歴史

1593年小笠原貞頼という人が、伊豆諸島南方で無人島を発見したとされます。

この発見から100年以上経って、発見者の名前を取って小笠原諸島と名付けられました。

しかし小笠原貞頼の発見は信憑性に疑問があるようです

日本人による最初の確実な発見報告は1670年

発見報告を受けた幕府は何度か無人島の調査を行いますが、あまりにも遠いためほぼ放置

その後小笠原諸島は欧米の捕鯨船の補給港となり、西洋人やハワイアンが定住するようになります。

欧米・ハワイからの移民とその子孫の方々は、欧米系島民と呼ばれるそうです。

1876年に明治政府が小笠原諸島の領有権を国際社会に宣言し、日本領と認められます。

太平洋戦争が始まると、多くの島民が本土に疎開させられます。

生活の基盤がない本土へ疎開したため、経済的に困窮した島民の方も多かったそうです。

また欧米系島民の方々は、その顔立ちから本土でいわれのない差別を受けることもあったようです。

小笠原諸島は、戦後アメリカの占領下におかれます。

欧米系島民とその家族だけは帰島を許されましたが、日本人島民の帰島は1968年本土復帰まで許可されませんでした。

本土復帰まで小笠原の父島には米軍の基地が置かれ、現在は海上自衛隊の基地が置かれています。

小笠原にこんな歴史があったなんて全く知りませんでした。

『ボニン浄土』レビュー

江戸時代からつながる壮大な伏線

江戸時代・吉之助の物語は一読すると平凡な物語のように思えます。

小笠原に漂流した若い船乗りが、現地のイタリア女性と良い仲になり、日本へ帰るか島に残るか迷う。

最後に吉之助を決心させる事件こそインパクトがありますが、帰るか帰らないかという葛藤は既視感があります。

しかしここで描かれる情景は、現代の2つの物語につながる壮大な伏線になっているのです。

物語を読み進めていくと、作者の構成力の素晴らしさに気づかされます。

全編を読み終えた後に江戸時代パートを読むと、決して平凡な物語ではないことを知ります。

どうせ現代の恒一郎と賢人は、吉之助の子孫とかなんでしょ?

と思いつつ読んでいましたが、大きく外れてはいないものの、そんな単純な構成ではありませんでした。

細い細い糸が100年も200年も続いていることに、時代の流れの雄大さと歴史に翻弄された人々の悲しみを感じます。

恒一郎の物語 50男の再生

家庭に失敗して妻子を捨てて逃げた恒一郎。

50歳を過ぎた恒一郎は、人生をすっかり諦めてしまっています。

何の希望もなく過ごしていた恒一郎は、祖父の形見と偶然出会い、自分のルーツが知りたくなって小笠原へ向かいます。

自分の父と母がどんな人だったか、祖父母はなぜ語ってくれなかったのか。

小笠原で真実にたどり着いた恒一郎は、自分の人生を少しだけ取り戻します

何年も会っていない息子に会いに行こうと決意し、本土へ帰ります。

一発大逆転みたいな劇的な変化はありませんが、何もかも諦めていた人間がしっかりと人生に向き直る姿は感動的でした。

賢人の物語 自分=音を取り戻し、本当のことを知る

同級生の事故死がきっかけでチェロの音が聴こえなくなってしまった賢人。

賢人が失ったチェロの音賢人自身の暗喩だと思います。

経済的に恵まれた家庭に生まれながらも、賢人は自分の家族の欺瞞性に気づいています。

外見だけ取り繕ってはいるけれど、愛と呼べるものは存在しない家族。

両親の仲はとっくに破綻し、父は家を出て別居しています。

虚無感に満ちた賢人がただ一人共感できそうになったのが、事故死した深谷碧です。

碧との距離を詰めようとした賢人でしたが、碧は賢人から音を奪い去り、この世から去ってしまいます。

父親の気まぐれで小笠原へ行く賢人。

小笠原で軽い知的障害を抱えながらも、純真で美しい心を持つ時子と出会い、賢人は自分が知ろうともしなかった世界に気づいていきます。

そして自分は決して愛されていなかったのではなく、両親もいがみ合っていたのではなかったことを知ります。

自分を取り戻したとき、賢人はチェロの音も取り戻すのです。

鯨の歌を聴き、海辺でチェロを奏でる賢人の描写は映像的でとても美しいと思いました。

『ボニン浄土』で私が一番好きな場面です

まとめ

小笠原諸島父島

感動してドキドキするのがしばらく続くような読後感でした。

小笠原の歴史を感動的な物語に昇華させた作品で、最近読んだ小説の中ではベストの出来だと思います。

読むと小笠原に行ってみたくてたまらなくなる小説です。

『ボニン浄土』
  • 小笠原の自然と歴史を知ることができる
  • 人間の喪失と再生の物語


ABOUT ME
ろーれる
ろーれる
うどん県出身。京都在住。 映画会社に勤めています。一児の父。 映画やドラマ、旅行やお気に入りの物などについていろいろ書いていきたいと思っています。
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