書評【暗鬼夜行】(月村了衛) SNSによって剥き出しになる人間の負の感情

月村了衛「暗鬼夜行」

月村了衛さんの『暗鬼夜行』という小説を読みました。

ある中学校を舞台にしたサスペンス小説です。

SNSで一人の生徒の不正行為が告発され、学校・教育委員会・地域住民を巻き込んだ大事件に発展していきます。

衝撃的な事件が次々に起こるスリリングな小説です。学校教育やSNSなどの問題についても考えさせられる物語でした
  • ミステリ、サスペンスが好きな人
  • ハッピーエンドじゃなくても大丈夫な人
  • 子どもの教育やSNSとの関係について考えたり心配したりしている人

におすすめの小説です。


小説『暗鬼夜行』について 〈概要〉

『暗鬼夜行』は、2020年4月に毎日新聞出版から出版された小説です。

ページ数は397ページ。夢中になって一気に読んだら、読了まで約4時間掛かりました。

作者:月村了衛さんのプロフィール

月村了衛(つきむら・りょうえ)

1963年生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。予備校講師・脚本家を経て、2010年『機龍警察』でデビュー。

【受賞歴】

2012年 『機龍警察 自爆条項』 日本SF大賞

2013年 『機龍警察 暗黒市場』 吉川英治文学新人賞

2015年 『コルトM1851残月』 大藪春彦賞、『土漠の花』 日本推理作家協会賞

2019年 『欺す衆生』 山田風太郎賞

月村了衛さんの作品は、『コルトM1847羽衣』というガンアクションの時代劇小説を読んだことがあります。


陰謀が渦巻く佐渡金山に、美女がコルト銃を手に乗り込むという、息もつかせぬアクション小説です。

こちらの作品もかなり面白いので、是非読んでみてください。

簡単なあらすじ

舞台は地方都市の市立中学校。

二年生の藪内三枝子が書いた読書感想文は昔の入選作の盗作だ、という疑惑が生徒たちのグループLINEで流される。

三枝子の感想文は、市の選考会を勝ち抜き、全国大会への出展も有力視されていた。

選考が進んだ時点で盗作の事実が明らかになれば、大問題に発展する。

しかし、三枝子本人は盗作を否定している以上、学校としては選考の取り下げを申し出ることはできない。

担任教員であり、感想文の指導にもあたった汐野悠紀夫は、責任を全て押しつけられる形で事案の処理を命じられる。

読みどころ満載の物語

『暗鬼夜行』はめちゃくちゃ面白いサスペンスなのですが、それだけにとどまらず多角的な視点から描かれています。

メインストーリー以外にもサブストーリーが何本も走っており、読みどころが非常に多い本です。

ネットが生み出す疑心暗鬼 さらけ出される人間のエゴ

グループLINEに投稿された読書感想文盗作の告発は、スマホの持ち主である生徒が目を離した隙に行われたものでした。

誰が投稿したかわからないのです。

  1. 藪内三枝子は盗作をしたのか?やっていないのか?
  2. 告発者は誰なのか?その動機は?

という2つの謎を巡って物語が進展します。

藪内三枝子は市の教育委員会教育長(=権力者)の娘であり、公務員である教員(学校)が忖度しなければならない相手です。

地域には中学校統廃合の賛否を巡って世論が二分されているという事情があり、三枝子の父は統廃合推進派の代表格です。

中学校統廃合の対立問題に盗作騒動が利用されているかもしれない、という疑念まで生まれます。

その後もSNSや匿名メールによって情報がリーク・拡散され、動揺は学校内にとどまらず地域中に広がっていきます。

ネットによって生徒・教員の信頼関係が破壊されるだけでなく、地域全体が疑心暗鬼に陥っていく展開は恐ろしいです…

生徒も教師も保護者も、疑惑によって各自のエゴが剥き出しにされていきます。

教師は自らの保身を考え、保護者は政治問題にこの事件を利用し、そんな浅ましい大人たちを生徒たちは醒めた目で見るようになります。

誰も死なないサスペンスですが、憎悪が生み出される過程が本当にリアルです。

主人公・汐野悠紀夫のジレンマ

汐野は作家になるという夢が叶わず、「仕方なく」教師になりました。

教育に熱意があるどころか、激務薄給である教師という職業を蔑んでいるくらいです。

今は一生懸命仕事に励んでいますが、それは教師を辞めるためなのです。

汐野は有力県議・浜田の一人娘と付き合っており、教育界で実績を積むことで浜田の後継と認められる事を望んでいます。

  1. 頑張って優秀な教師と評価される ←今ここ
  2. 教育委員会へ栄転し実績を積む
  3. 浜田家に入婿。政治家へ転身

逆玉を狙っているため、汐野は上司である校長や教育長の機嫌を損ねず、自分が責任を負わない形で事件を処理する必要があるのです。

最優先で突き止めなければならないのは、告発が事実であるかどうか=藪内三枝子は盗作を行ったのかどうか、ということです。

少し前の国会でも話題になりましたが、やったことの証明はできても、やっていないことの証明は難しいんですよね。

第二弾の告発は、盗作元が1972年の全国優勝作品であることを示すものでしたが、当該年度の作品集は校内の図書室から紛失していました。

汐野たちは、国会図書館含め手を尽くして蔵書の有無を確認しますが、結局どこにも見つかりません。

つまり盗作を証明する手段が無いのです

盗作の証明ができず、三枝子本人が盗作を否定している以上、汐野は立場上盗作は無かったと判断するしかありません。

その結論を変えることは許されない状況に追い込まれてしまうのです。

後から三枝子のことをどれだけ疑わしく思ったとしても。

屈折した登場人物たち 主人公以外みんな怪しい!

この作品の主要な登場人物は、みんな人として屈折しまくってます。

教員や保護者だけでなく、生徒たちも。

中学生は子どもっぽいところもあれば、やけに大人びたところもある微妙な年頃です。

汐野が普段見ていた人物像は見せかけで、強烈なエゴイズムを隠し持っている生徒もいます。

誰もが犯人たりうる状況なのです。

 

さすがに主人公の汐野だけは犯人から除外されるのですが、その汐野からして屈折しまくりです。

汐野は作家を志していただけあり、同僚教員や生徒に対してかなり鋭い人物眼を発揮します。

その人物眼に基づき、時と場合と相手によって態度を使い分けます。

悪く言えば他人を値踏みするタイプの人間です。

こういうタイプの人間って他人を見透かしているつもりでも、逆に自分の浅はかさが見えていなかったり、他人から見透かされていたりするんですよね

中学生の実像さえ見誤っているように、汐野の人物眼は鋭いようでいて、実は自分で思っているほど正確なものではないようです。

物語は汐野の主観で描かれていますが、汐野は自分の考えがいかに傲慢で独善的なものか気づいていません。

汐野のキャラクターは事件を解決する動機となるばかりでなく、物語の重要な伏線にもなっています。

教育現場の現状

この作品を読んで教師がどれだけ過酷な職業であるか、義務教育中の子を持つ親として痛感しました。

授業だけでなく、校内事務、部活動の指導、生活指導、地域活動、研修、無気力教員によるしわ寄せ…。

仕事は無限にあり、残業代も出ない。

何か不手際があれば責任問題になり、PTAからも糾弾される。

しかも相手にしている中学生は、精神的に一番難しい年頃。

先生全員がこういう状況では無いでしょうが、本当に大変なお仕事です。

先生に反抗ばかりしていた中学生の自分…。本当に申し訳ありません…。

この作品で起きる事件も、教育現場がもっとホワイトな環境だったら成立していないと思うんですよね。

教育労働のブラックさは、教師はもちろん生徒にとっても不幸なことなんですよね。

『暗鬼夜行』の感想・まとめ

約400ページ一気読みするほど面白い作品でした。

難題が次から次にと降ってきて、息もつかせぬ展開にグイグイ引き込まれます。

序盤から至る所に伏線が張り巡らされていて、それが過不足なく回収されるので、「あれどうなったの?」という消化不良感は0です。

人物描写にも伏線が張られているので、全く気が抜けません。

ラスト70ページの伏線回収&解決は圧巻の一言。

面白いだけでなく、同時に教育現場やSNSの問題についても考えさせられます。

理不尽な悪意がネットという武器を得て、社会を翻弄する状況はリアリティに溢れています。

  • ものすごく面白いサスペンス
  • 教育現場やSNSの問題についても考えさせられる
  • ブラックな展開と結末には注意
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ろーれる
ろーれる
うどん県出身。京都在住。 映画会社に勤めています。一児の父。 映画やドラマ、旅行やお気に入りの物などについていろいろ書いていきたいと思っています。
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